※子供が生き甲斐、それって良くないことですか?…

生き甲斐と一口に言ってみても、それは人それぞれ違いますし、例えば私が全く知らないような世界のことが生き甲斐になっている方もたくさんいると思います。でも、それとは逆に、非常に身近なものが生き甲斐となっている方もまたたくさんいると思うんです。

その身近なものというのが、例えば家族です。そして、中には自分の子供が生き甲斐であるという方もいらっしゃると思います。子供が生き甲斐、そう答える人に対して否定的な意見を述べる方もいるようですが、子供を生き甲斐にするのはよくないと決めつけてしまうのは、ちょっと違うんじゃないかなと個人的には思うのです。

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まず、私はまだ人の親になったことはないので、ここで親の目線に立って偉そうに教育的な価値観を皆さんに押し付けたいわけではありません。ただ、そんな人の親になったことがない私でも、伝えられることはあります。

結論からすると、「子供が生き甲斐」ということに対して、それが良いのか悪いのかなんていう争いの中に答えはありません。それがどういうことなのか、私自身の考えをまとめていきたいと思います。逆に、皆さんにもその内容について色々と考えていただければと思います。

「子供が生き甲斐」その意味とは?

「子供を生き甲斐にするのは間違っている」

「子供を生き甲斐という人間にろくな人間はいない」

ネット上にはこんな意見が多数あったのですが、果たして本当にそうでしょうか。じゃあ、そういう人は親から生き甲斐と思われていない方が嬉しいのでしょうか。

なんていうと、これまた極端な意見ですよね。これではただの肯定派と否定派に分かれて言い争いが続いてしまうだけです。

じゃあ、「子供が生き甲斐」という人がいるのに対して、なぜそれを好ましくないと思う人間がいるのか、これは、単純にその「子供が生き甲斐」という言葉に込められた思い、そしてその言葉が持っている意味の解釈が人によって変わるためですよね。そこに、是か非かの答えを求めるのはちょっと違うのではないかと個人的には思うのです。

具体的にどういうことなのかというと、例えば否定的な意見としては、次のようなものがあります。

  • 子供が生き甲斐というのは、子供にプレッシャーを与えてしまう。
  • 子供を生き甲斐にしてしまうと、それをもしなくしてしまったときや、子供が離れて行ってしまったときに耐えられないから。

確かに、こういう意見を持っている人の言いたいことはわかりますし、ある意味では私も賛成です。でも、そう決めつけてしまうのは、ちょっと違うでしょう。

例えば、親からいつも「あなたは私の生き甲斐だから」といわれたら、そりゃつらいし重いですし、子供からしたら耐えきれないプレッシャーでしょう。もしそんなこと言われたら、私だって親から1日でも早く自立したいと思ってしまいます。

でも、それはある1つの例であって、「親が子供を生き甲斐と思うこと」が絶対に間違っているということではないでしょう。確かに、ほとんどの子供はいつか親のもとを離れていきますが、それでも、もし自分の子供が、時間があるときに親に会いに来てくれたり、一緒に出掛けたりしてくれる親思いの子供に成長してくれたら、私だったらそんな子供を持てたことを誇りに思うでしょうし、間違いなく生き甲斐であるといえます。

生き甲斐の解釈もまた人によって変わると思うのですが、私は生き甲斐とは自分に生きている喜びを与えてくれるものだと思っているので、そういう子供を生き甲斐といわずしてなんというのでしょうか。

つまるところ、子供に対して「子供が生き甲斐」というのは確かにあまり好ましくないですが、子供が生き甲斐と思うこと自体は絶対に間違っていることではないでしょう。

また、子供が生き甲斐という人に限らず、自分の子供がもし命を落としてしまったら、それに対してショックを受けない人間なんてほとんどいないでしょう。

なので、もし子供を生き甲斐にしてしまうと、その子供が事故などで命を落としてしまったときに耐えられないから、子供を生き甲斐にするのは良くないという意見が正しいとすると、それは、子供を生き甲斐だと思っていなければ、子供が命を落としてしまっても大丈夫ですと言っていることと同じですよね。大切なのは、子供をもし亡くしてしまっても、それをどう乗り越えればよいのかというところであって、子供を生き甲斐とするかどうかという話ではありません。

また、子供はいつか自分のもとを離れて行ってしまうから、子供を生き甲斐にするのは好ましくないという意見も極端です。確かに、いつか子供が自分のもとを離れて行ってしまうのは悲しいですが、その時はまた他のことに目を向けながら、残りの人生をどう生きて行けばよいのか、新しい楽しみを見つければ良いのです。人間の生き甲斐は、何も1つしか持っちゃいけないという決まりはないんですから。

まとめると、「子供が生き甲斐」という意見に対して否定的な印象を持っている方というのは、その「子供が生き甲斐」ということを、「子供に依存する」という解釈をしているということですよね多分。でも、子供が生き甲斐という方の中には、もちろんそうではない方もいます。なので、「子供が生き甲斐と思うこと」自体が、間違っていることであるとは私は思いません。

皆さんは、これを見ていただいてどう思いますか?

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子供が生き甲斐という方に伝えたい3つのこと…

再度言いますが、私はまだ人の親ではありません。しかし、子供が生き甲斐であるという方に、私の視点から伝えたいこともあります。私の視点というのは、つまり子供の視点ということです。年齢の話ではなく、親を持つ1人の子供として、ということです。

私は現在20代ですが、いまだに親と旅行に行きますし、親と仲が良いです。自分の知り合いには、あまりそういう人はいません。大体自分くらいの年になると、地方から出てきている友人なんかは、ほとんど実家に帰らないなんて人もいます。でも、人それぞれ家庭の事情が違いますし、それが間違っているなんてことは少しも思いません。ちなみに私は現在1人暮らしですが、休みの日には結構実家に顔を出します。

また、私は親の誕生日にはお祝いもしますし、逆に自分の誕生日には、親も自分をお祝いしてくれます。本当に、この年齢になって改めて親がこの人で良かったなと思う今日この頃です。

ただ、私はここで単にうち自慢をしたいわけではなくて、じゃあなんでそういう家庭になれたのかなということについて自分なりに考えた結果を、伝えたいなと思いここまでお話ししました。特に、子供が生き甲斐であるという方にこそ、お話ししたいです。

子供が生き甲斐という方に伝えたいこと:1つ目は、子供にプレッシャーを与えないようにしてほしいということ。

これは、先ほども少しお話しした内容ですが、やはり子供にプレッシャーを与えるのはよくないのは間違いありませんね。子供に対して子供が生き甲斐なんていうのは、それは確かにドン引きですし、そういわれて子供が親の理想の子供に育つなんてことはないと思います…

ただ、そんなストレートに「あなたは私の生き甲斐なの」なんていう親が果たしているのかという話ですが、例えば「頑張ってね」、と言ってしまう人間は結構多いんじゃないのかなと思います。でも、私はこの頑張れという言葉はちょっと苦手ですし、私の知り合いも同じことを言っていました。頑張るの基準は人それぞれですし、本人は頑張っているつもりかもしれないのに、そこに頑張れというのはあまりよくないものだと私は思います。

ただ、もちろんその「頑張れ」という言葉は、本当に「もっと頑張れよ」という意味で言っているのではない人も多いというのもよくわかっています。つまり、励ましの意味で「頑張ってね」という方が大半だと思うのですが、私はそういう意味だと分かっていても、頑張れと言われるのが嫌ですし、絶対にもし子供ができたら頑張れとは言わないようにしようと決めています。

実際、私は今までの記憶の中で、母親からは頑張れとか言われた記憶がありません。(父親からは何度か言われたことがあるのでちょっと嫌でした…笑)そういうのびのびとした環境の中で育ったことが、親との関係性を築いていくうえでも良いことだったんじゃないかなと個人的には思います。

なんていうと、なんか自分で私は良い子ですって言っているみたいで嫌なのですが笑、そういうプレッシャーのない環境の中で自分をここまで育ててくれたということが、この年齢になって改めてありがたいことだったなと、とても感謝しているのです。

2つ目は、子供以外にも生き甲斐を持ったほうが良いということ。

なんだか偉そうな見出しになってしまいましたが笑、これまた記事の途中で少しお話ししましたように、子供が生き甲斐だという方でも、何か自分が好きなもの、のめりこめる生き甲斐を他に1つは持っていたほうが良いのではないかと私は思います。

これは、子供が自分のもとを離れて行ってしまったときのためにも、という意味もあるにはあるのですが、私的には、親がそういう生き甲斐を持っているほうが、より子供も親を好きになるんじゃないかなと思うからです。

というか、私個人的な意見として、子供の立場から見て、親には何か1つでも生き甲斐と呼べるようなものを持っていてほしいです。そのほうが、より人間的にも親を好きになれる気がすると個人的には思います。

ちょっと説明しづらくて、何言ってんだこいつと思っている方もいるかもしれません。笑でも例えば、私は人の親になった時、何か1つ自慢できるような趣味や特技を持っていて、その子供が尊敬できるような親でありたいです。きっと、親が生き生きしている姿を見るのが、子供にとっても良い刺激になると思うんです。実際、私の母も今ある習い事を頑張っているのですが、そういう姿を見て、自分も頑張ろうと思えます。

でも、本当に子育てを経験している方からすると、そんな簡単にいかねーわって思う方は多いと思います。自分で読んでみても、まあ難しいことだろうなとは思います。ただ、これは私が個人的に思うこと、伝えたいことなので、あくまで1つの意見として聞いていただければと思って書きました。こういう子育て論もまた、人それぞれ考え方が違いますので、答えはきっとありませんよね。

3つ目は、子供が生き甲斐だと思うのは良いことだということ。

これは今回の記事のまとめのような内容であり、「子供が生き甲斐」と感じている方に伝えたいことなのですが、その、「子供が生き甲斐」と思う気持ち自体は、私はとても良いことだと思います。私もいつか、自分は子供が生き甲斐と思えるような親になりたいです。

ただ、その「生き甲斐と思うこと」と、「依存するということ」の境界線、ここがちょっと気を付けたいところなんだろうなと思います。私の家では、きっとここがうまくいっていたのかなと思うんです。

私自身も、もしいつか自分に子供ができたら、そういうところを気を付けながら子供を育てたいです。でも、きっと子供に育てられるところも多いんだろうなあ…笑。

まとめ

今回の記事では、子供が生き甲斐と思うことは良いのか悪いことなのかという論争に対する私の意見を詳しく書かせていただきました。

結果、それは「子供が生き甲斐」という言葉を人がどう解釈するのか、という部分でちょっと変わってくるところなんだろうなと思います。ただ、まとめとしては、純粋に子供が生き甲斐と思う気持ちはとても素晴らしいことだと私は思います。

では、今回の記事は以上になります。最後まで読んでいただきありがとうございました(^^)

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